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大阪地方裁判所 平成6年(ワ)6430号 判決 1995年12月04日

原告

細川重雄

被告

徳田正信

主文

一  被告は原告に対し、金七八三万七七六四円及び内金七一三万七七六四円に対する平成二年三月一七日から支払い済みまで年五分の割合の金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを四分し、その三を原告の、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は原告に対し、金三一二八万〇二二一円及び内金二八九八万〇二二一円に対する平成二年三月一七日から支払い済みまで年五分の割合の金員を支払え。

第二事案の概要

普通貨物自動車と自動二輪車が衝突し、自動二輪車の運転者が傷害を負つた事故について、被害者から、普通貨物自動車の運転者に対し、民法七〇九条に基づき、損害賠償を請求した事案である。

一  争いのない事実等(証拠によつて認定する事実は証拠摘示する。)及びそれに基づく判断

1  本件事故の発生

発生日時 平成二年三月一六日午前一〇時四〇分頃

発生場所 京都府久世郡久御山町大字森小字三丁二四―一先交差点(本件交差点)

関係車両Ⅰ 普通貨物自動車(京都四〇り九〇七三)(被告車両)被告運転

関係車両Ⅱ 自動二輪車(守口市つ五五七一)(原告車両)原告運転

事故態様 被告車両が、京都から大阪方面に直進走行し、本件交差点で右折したところ、渋滞中の対向車線の路側帯付近を直進進行中の原告車両と衝突したもの

2  被告の責任

被告は、対向車線が渋滞していたものであるから、その路側帯付近を走行する二輪車に十分注意すべきところ、それを怠つた過失により、本件事故を引き起こしたものであるから、民法七〇九条の責任がある。

3  原告の傷害

原告は、本件事故によつて、右脛骨近位部粉砕骨折、右下腿骨骨折、右下腿打撲等の傷害を負い、それらの治療の為の輸血により、C型肝炎に罹患した。

4  後遺障害

原告の右下肢は、右脛骨骨折により、左下肢に比べ二センチメートル短縮し、症状固定したところ、右障害は、自賠法施行令二条別表後遺障害等級一三級九号である一下肢の一センチ以上短縮に該当し(甲五、乙六、原告本人尋問の結果)、自算会調査事務所においてもその旨認定を受けた。

5  既払い金

原告は、本件事故の損害に対する填補として、自賠責保険金一三七万円を受け取つた。

また、被告は、原告の請求外の損害である治療費四〇六万〇二〇〇円、装具代一三万九二一八円の合計四一九万九四一八円を支払つたので、うち、原告の過失割合分は、認定される原告損害金より損益相殺されるべきである。

二  争点

1  過失相殺

(一) 被告主張

原告にも、前方不注視の過失があるので、三割の過失相殺がなされるべきである。

(二) 原告主張

争う。

被告は、渋滞車両の間を右折する際に、道路左側を通行している二輪車にまつたく注意を払わず進行していたこと、原告は、右側がトラツクであつたので、右折車両を事前に発見することができなかつたことから、原告には何らの過失はない。

2  他の後遺障害の有無、程度(原告が罹患しているC型肝炎の評価)

(一) 原告主張

原告のC型肝炎の症状は、活動性であること、強力ミノフアーゲンCの投与の間隔が空けば、たちまちGOT、GPTの値は上昇を示すこと、このような慢性肝炎において肝機能の悪化を放置すると、肝硬変、肝臓癌を招くことになるため、就労上、無理をせず、疲労を持ち越さないことが求められており、アルコールと刺激物は一生制限されていること、食後の安静が必要であること、そのような規制された生活を続けていても、潜在的には肝炎は悪化していることからすると、原告の右障害を現象的に現われた検査結果のみでとらえるべきではなく、その程度は、七級五号の胸腹部臓器の障害により、軽易な労務以外の就労が制限されているものに該当すると解すべきである。

(二) 被告主張

争う。

C型肝炎であることから、直ちに七級五号であるとはいえない。原告のC型肝炎は、インターフエロン治療により、症状は改善し、職場復帰も果たしていて、自賠責調査事務所の判断も非該当である。

3  損害

(一) 原告主張

既払い治療関係費の他、休業中給料差額三二万二九二九円、入院雑費二二万八八〇〇円、入通院慰藉料三〇〇万円、逸失利益一六二九万八四九二円(455万8700円×0.45×7.945)、後遺障害慰藉料一〇五〇万円、弁護士費用二三〇万円

(二) 被告主張

傷害関係については、不知ないし争う。

後遺障害関係については争う。前記のとおり、後遺障害は、一三級九号に止まるというべきであり、右障害による労働能力の喪失は、慣れ等で克服できる程度のものであるから、喪失率は逓減して考えるべきである。

第三争点に対する判断

一  過失相殺(争点1)

1  本件事故の態様

前記認定の本件事故の発生に、乙一、原告本人尋問の結果を総合すると、以下の事実が認められる。

本件事故現場は、南北に伸びる直線路(南北道路)と西側の交差道路の交わる、交通整理されていない丁字型交差点(本件交差点)で、南北道路は、車道の幅員二〇・三メートルで、片側二車線で、北行車線には幅三・一メートルの路側帯(北行き路側帯)があり、その概況は別紙図面のとおりである。本件事故現場付近の道路は、アスフアルトで舗装されており、路面は平坦で、本件事故当時、路面は乾燥しており、法定速度である時速六〇キロメートルに規制されていて、駐車及び転回が禁止されていた。本件事故現場は、市街地であり、交通は頻繁であつた。本件事故当時、南北道路北行車線は渋滞し、同図面付近(以下、符号のみで示す。)に車両が、特に、にはトラツクがあつて、本件交差点で北から西に右折する車両と北行路側帯を進行する車両は、互いに見通しが悪い状況であつた。

被告は、被告車両を運転して、南北道路南行車線を直進進行してきて、本件交差点を右折しようとして、<1>で停止した後、発進したところ、<2>に至り、<×>で被告車両前部が原告車両と衝突し、初めて原告車両に気付き、衝突後、<3>で停止し、原告車両は<ア>で転倒した。

原告は、原告車両を運転して、北行路側帯の中心付近を北に向けて直進進行していたところ、対向車線から被告車両が右折してきたのを認め、左にハンドルをきつたものの及ばず、前記の態様で衝突した。

2  当裁判所の判断

前記認定事実によると、原告は、路側帯上を、渋滞車両を追い抜いて進行中、本件交差点にさしかかつたところ、本件交差点の北行車線上には、南行車線からの右折する余地があり、その際の原告車両の右横の車両がトラツクであつて、右方の見通しが悪かつたものであるから、適切な速度で走行し、対向右折車両の有無に気を付けるべき義務があつたのに、それを怠つたものといえ、相応の過失相殺をすべきである。そして、前記認定の道路状況、事故状況、双方の過失の内容、特に、原告が進行していたのは二輪車用車線ではなく路側帯であつたこと、その路側帯の幅、被告は、衝突して初めて原告車両に気付いたものであるから、被告の左方不注視の程度が著しいことを総合すると、過失相殺の割合は二割が相当である。

二  原告の症状及び就労の経過

甲二の1ないし5、三、四、七、八、九の1ないし94、乙二、三の各1ないし8、四、五の各1ないし5、六、七の1、2、証人完山の証言、原告本人尋問の結果によると、以下の事実を認めることができる。

原告(昭和一二年三月二四日生、本件事故当時五二歳、男子)は、本件事故当時まで、長年旭リフト株式会社に勤務し、エレベーターの保守点検の仕事に従事し、平成元年は早出残業時間数に休日労働時間数を加えると二七二時間、平成二年は、三月まで八七時間であつて、平成元年の給与所得の合計は五八九万二七七二円で、うち、時間外手当の合計額は五八万一三七二円であつた。

原告は、本件事故により、右脛骨近位部粉砕骨折、右下腿骨骨折、右下腿打撲、右手、右下腿挫創の傷害を負い、本件事故当日である平成二年三月一六日から同年七月二〇日まで蘇生会総合病院に入院した。原告は、受傷日である同年三月一六日に出血性シヨツク状態であつたため、同日から翌日にかけ、輸血を受けた。その後、GOT五九二、GPT一一六八の高値を示した後、一旦は四〇以下に下がつたものの、その後数値は悪化し、入院中にGOT一〇〇以上、GPT二七八を記録したため、同病院でC型肝炎が疑われた。

その後、平成二年七月二一日から同年一〇月五日まで(実通院日数四日)同病院に通院する一方、C型肝炎の治療及び左下肢の物療の為、同年七月二〇日からほとんど毎日完山外科胃腸科診療所に通院した。その後三か月程度は、GOTとGPTの数値も正常範囲内に落ち着いており、治療は、月に一度の血液検査、通院ごとの静脈注射、投薬であつたが、同三年一月から同四年六月頃まで、GOTが六〇ないし二〇〇程度、GPTが八〇ないし三七〇程度の高値を示し、担当医である完山医師は、慢性活動性肝炎と判断し、血液検査の他、治擦としては、静脈注射では足りず、ほとんど通院ごとの点滴もなされるようになつた。

C型肝炎に対するインターフエロン治療が保険診療の対象となつたため、同年六月一日から同年七月二一日までの五一日間同病院に入院し、右治療を受けたところ、HCV(C型肝炎ウイルス)は消失しなかつたものの、活動性を弱め、その後は、基本的に点滴を用いなくとも、GOTとGPTの値を押さえることが可能となつた。しかし、依然HCVは常にプラスであつて、疲労が蓄積したり治療の間隔があくと、GOTとGPTの数値は悪化し(例えば、平成五年五月一五日のGOTは四七、GPTは七三で、平成六年四月一六日のGOTは三七、GPTは五七である。)、数値を下げるためには、点滴が必要な状態となつて、同六年五月三一日まで通院(それまでの実通院日数八〇五日)し、同年六月一日症状固定の診断を受けた。

その際の症状は、右下肢に関しては、右大腿から下腿にかけてのリンパ腺の腫張、過労時のこわばり、右下肢の冷感、一〇分位かがむと右大腿から下腿にかけて筋肉が硬直すること、右下腿の知覚低下が認められる他、右脛骨が変形癒合し、それによつて、左下肢が八四センチメートルであるのに対し、右下肢が八二センチメートルとなつており、右下肢の筋力低下が著明で、長時間の歩行や一定姿勢の維持は無理であることであつて、C型肝炎に関しては、易疲感の他、GOT、GPTは正常範囲であるものの、加療の中止又は少しの無理な労働で増悪するものであつた。

原告は、症状固定後も、土曜日も含めほとんど毎日通院し、静脈注射を受けているが、症状は変わらず、一旦、平成七年二月二一日にはGOTが六一、GPTが九二となつたこともあつたが、その後は低下した。

原告は、職場の要請もあつたので、平成二年七月二〇日蘇生会総合病院を退院した後一週間程度で職場に復帰し、以前は一人でできていた仕事に、助手を付けてもらつて稼働し、インターフエロン治療のため入院したころの平成四年六月一日から同年九月一六日頃までは休業したが、その後も、同様に仕事に従事している。しかし、残業及び休日出勤は控えており、平成二年八月から一二月までは合計一三〇・五時間、平成三年は合計九〇・五時間、平成四年は合計一七・五時間、平成五年は四・五時間であつた。なお、基本給が上昇したこともあつて、平成三年の年収は六〇三万九五七八円、平成五年の年収は六一六万三八八六円であつた。

完山医師は、原告の症状を維持するためには、原告の現在の仕事を一日八時間程度継続することは差し支えないが、残業及び休日出勤は控えるべきであつて、継続的な通院治療を続ける必要があると判断している。

三  原告の後遺障害の評価(争点2)

1  C型肝炎の機序

甲六、証人完山の証言、弁論の全趣旨によると、以下の事実を認めることができる。

慢性肝炎とは、ウイルスによつて慢性的に肝臓が障害されている状態のことで、主に、B型とC型がある。慢性肝炎は、炎症の強弱で活動性と非活動性に分けられ、炎症を徴表するリンパ球が、肝臓の門脈域の限られた範囲にある場合が非活動性であり、限界板を破壊し、その外に至る場合を活動性という。厳密には肝生検によつて判定するが、専門医によれば、血液検査その他で、九〇パーセント以上判断することが可能である。具体的には、肝臓の炎症が著しい場合は、GOTとGPTが高くなり、一〇〇以上となれば、問題であつて、安静が必要ということになる。

感染した当初の急性C型肝炎のうち、約四〇パーセントは、自然にHCVが消えてしまうが、その後、数年間でHCVが消える者はごく僅かであつて、五年以上経過後、HCVが残つている場合は、将来、自然に消える可能性はほとんどなく、キヤリアとなる。一旦キヤリアになると、肝炎が一時的におさまることはあつても再発する例が多く、C型肝炎の典型例である輸血後のC型慢性肝炎のうち、大部分は、数年たてば、GOTとGPTはほぼ正常値になるものの、その状態の継続期間は五ないし一〇年間であり、その間、GOTとGPTは正常の人よりやや高めで推移し、その後、活動性となり、それから徐々に肝硬変、肝臓癌に進んでいく。C型肝炎について平均すれば、発病から二〇ないし三〇年後に肝硬変、それにプラス五ないし一〇年後に肝臓癌が始まる。

慢性肝炎の治擦としては、炎症を抑える対症療法とHCVの増殖を弱めたりくい止める治療と二つある。

肝臓の炎症が一定以上の状態が続くと、肝硬変及び肝臓癌となるまでの期間が短くなるので、肝臓の炎症を抑制する必要があり、そのための治療としては、投薬、注射、点滴がある他、疲労を避け、食事後の安静、アルコールや刺激物を避ける食事療法も不可欠である。

また、HCVの増殖を弱めたり、くい止める作用を持つているものとして、インターフエロンがあるものの、C型肝炎すべてに効くわけではない。例えば、その治療を受けた者の三分の一は治癒し、三分の一はまつたく効果がなく、残りの三分の一については、治療をしている間は効果があるものの、その後、再発するという統計もある。

2  自賠貴保険調査事務所の判断

乙八の1ないし4によると、自賠責保険調査事務所は、原告のC型肝炎については、肝機能数値上、既に安定した正常値にあり、罹患後の症状も消退かごく軽度の残存に留まると考えられ、自賠責上等級認定の評価に至らないと判断したと認められる。

3  当裁判所の判断

これらの事実からすると、原告のGOTとGPTは一応正常域中心に上下しているものであつて、完山医師の判断でも、現在の職業において一日八時間程度の就労を禁じてはおらず、七級五号の胸腹部臓器の障害により、軽易な労務以外の就労が制限されているものには該当しない。しかし、原告は、インターフエロン治療後も、HCVのキヤリアであつて、投薬ないし注射等の治療を継続し、過労ないしアルコールや刺激物の摂取を避ける生活をしなければ、肝臓の炎症が強くなり、将来肝硬変ないし肝臓癌となる時期が早まつてしまう危険がある状態であるから、治療の継続、過労の回避及び食事の制限が不可欠な症状といえ、その症状は将来的に残存する蓋然性が認められるから、このような症状自体を後遺障害と評価すべきである。そして、それによつて時間外労働が制限されていること、ほとんど毎日の通院によつて肝炎の炎症を抑制していること等からすると、右障害は一二級に該当するものと認めるのが相当である。

したがつて、原告の障害は、前記認定の一三級九号に該当する右下肢の障害と併合して、一一級と評価すべきである。

四  損害(争点3)

1  休業損害 三二万二九二九円

甲二の1ないし5、原告本人尋問の結果によると、平成二年一月から三月までの基本給以外の手当の総額は二四万四一四七円であること、同年四月ないし七月の四か月は基本給以外の支給を受けていないことが認められるので、右基礎額を前提に四か月分を算定すると、少なくとも、原告主張額となる。

2  入院雑費 二二万八八〇〇円

前記のとおり、原告は、本件事故に基づく傷害によつて、少なくとも、原告主張の一七六日間入院したところ、一日当たりの雑費としては一三〇〇円が相当であるから、左のとおりとなる。

1300円×176=22万8800円

3  入通院慰藉料 二四〇万円

前記認定のとおり、原告は本件事故に基づく傷害によつて、ほぼ六か月間入院し、入院期間以外、症状固定診断を受けた平成六年六月一日までの三年八か月通院したことを考慮すると、右額をもつて相当と認める。

4  逸失利益 五四三万二八三〇円

前記認定の原告の本件事故前の収入からすると、原告主張の四五五万八七〇〇円を基礎収入とするのが相当である。

そして、前記認定の後遺障害の程度、事故前後で減収はないが時間外労働は相当程度制限されていること、事故前の給与全体に対する時間外手当の割合が一割程度であること、事故後、事故前についていなかつた助手がつくようになつたことから、今後、ある程度昇給、昇格に制限があると推認できること、具体的に減収がないのは、原告がC型肝炎の症状維持に不可欠の通院を就労時間外にするという努力を継続していることによること、原告本人尋問の結果によると、定年が六〇歳で、嘱託として六五歳までは働けると認められるものの、嘱託となつてからの給与の特定はできず、再就職もある程度制限されると推認できること、原告は症状固定日五七歳であることを総合すると、原告主張の一〇年間、平均して一五パーセントの喪失率を認めるのが相当である。

したがつて、中間利息を新ホフマン係数で控除すると、左のとおりとなる。

455万8700×0.15×7.945=543万2830円

5  後遺障害慰藉料 三三〇万円

前記認定の後遺障害の程度からすると、右額が相当である。

6  損害合計 一一六八万四五五九円

7  過失相殺後の損害 九三四万七六四七円

五  既払い控除後の損害 七一三万七七六四円

四6記載の損害額から、前記認定の自賠責保険金一三七万円と、請求外の損害に対する既払い金の合計四一九万九四一八円に原告の過失割合を乗じた八三万九八八三円との合計である二二〇万九八八三円を控除すると、右のとおりとなる。

六  弁護士費用 七〇万円

本訴の経過、認容額等に照らすと、右額をもつて相当と認める。

七  結語

よつて、原告の請求は、七八三万七七六四円及び内金七一三万七七六四円に対する不法行為の後の日であることの明らかな平成二年三月一七日から支払済みまで年五分の割合の遅延損害金の支払いを求める限度で理由がある。

(裁判官 水野有子)

別紙図面

<省略>

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